こんにちは。初めてメールさせていただきます。張り裂けそうな私の胸のうちをメールしました。
私はいつも思います・・・。車にひかれた猫達や犬達を人間はなぜ素通りするのか・・。誰でも一度はあると思います。何度も何度も繰り返し自動車にひかれ、ついには皮だけになってしまって、アスファルトに張り付いた猫の姿を目にしたことが・・・。なぜでしょう? 同じ命です。
人間の運転する車にはねられ、無残にそこに置き去りにされ、人目にさらされた彼等の亡き骸。その上「うわっ!気持ち悪い!」と人間達に罵声まで浴びせられて・・・。あの子達が一体何をしたのでしょう? このことを考えると私は人間が大嫌いになります。本当に悲しくなります・・・。
私は車にダンボールやビニールを積んでおいてはねられた猫や犬の亡き骸を運転中に見つけると、可能なかぎり拾います。(ごめんなさい、拾うと言う言い方は適切ではないかもしれませんね)
我が家にも猫と犬がいます。そのせいか、どうしても素通りできないのです。不思議と、たとえどんな無残な形に変わっていても、その子達を拾う時気持ち悪いとは思えません。生きている彼等と同じ様に感じられます。亡き骸を、そっと白い真新しいタオルにくるみ、ダンボールの中に納め、餌と花と手紙を入れます。時にはお菓子なども入れます。
その後、市町村の清掃プラントに搬入しますが、先進の都市では、きちんと小動物専用の炉があり、 お線香などもあげられる様になっています。しかし、まだまだ遅れている市などは生ごみと一緒に燃えるごみとして 焼却処分です。資源のリサイクル、ゴミの分別と各市町村はえらそうなことを言っていますが、もちろんそれも大切なことですが、彼らを生ゴミと一緒に焼却処分している日本の現状。命に対する考え方に、憤りを感じます。そんな日本が子供達に心の教育、命の教育ができるのでしょうか? 疑問に思います。
なかなか、こんな私の気持ちを分かってくれる人が周りにはいません。これからも 私は続けて行きます。うれしいことに、小さい頃から私の行動を見てきた娘が、今一緒に協力してくれています。娘は不登校児です。でも命の尊さはちゃんと知っています。そんな娘を私は誇りに思います。
「生まれてきた意味があったんだよ」その言葉を多くの生き物達に送りたいです。猫や犬たちの亡き骸は、絶対に生ゴミではありません! こんなにも当たり前のことを大人が子供に対して示していかない国。不登校児をたくさん生み出している原因の一端がこういったところにもあるのではないでしょうか?
命の尊さを子供に教えるのは やはり大人です。
せめて小動物専用の焼却の炉が各市町村にあればと願います。ちなみに私は静岡県在住ですが、富士市は小動物専用の炉があります。三島市にもあると聞きました。私が信じて搬入していた沼津市では、職員の方が「一応、入り口はゴミと別になっていますが、中ではゴミと一緒です」と。
このメールを一市民の声として受け止めていただければ幸いです。
(2005/3/7 追伸)
インターネットで和光市議会の山口慶子議員の定例会質問の中に「動物専用の焼却炉の設置」についてというのを見つけました。やはり公明党の議員さんだと感激しました。やっぱり私の考えてたことを分かって下さる政治家はいたんだなあと感激し、公明の素晴らしさを再確認しました。
勇気が湧いてきました! この案を全国に広げていただきたいと思います。
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